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MI,IIK in BALI

制作やバリ島のことなど色々

霊との会話

先日の葬儀の間(4月29日)に書いた日記です。

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昨日、義父の遺体を燃やして、家もやっとひと段落しました。24日に亡くなって、それから毎日ひっきりなしに人が訪れて、男性達は接待、女性達は台所で、猛烈に忙しい日々でした。日本のお通夜がバリ島では3日ほど続きます。3日して死んだのに気付くとバリ島では信じられています。
その間、夜中はギャンブル大会で50人ほどの人々が徹夜で紙マージャンみたいなのをしていました。コーヒー出したり、夜食を出したり、しんどかったです。泣いている暇も無い忙しさのなかで、家族で団結して頑張りました。
義父が亡くなった時は、義母はナイフを持って「私も死ぬー!!」と叫んだらしい。亡くなる時に義父はずっと義母のことを抱きしめながら、亡くなったそうです。80歳過ぎの義父のこの気丈な精神と75歳の義母の少女のような純愛。すごく濃いです。
帰ってくる娘達(義親は4人娘、4人息子がいます)は悲しみのあまり泣き叫び失神したり、バリ人の気性の激しさを改めて見たような気がしました。感情を思いっきり出すので、立ち直りも早いように思います。私はといえば、亡くなった時はなんだか実感が無くて、昨日、遺体を燃やす前、最期の別れにみんなで遺体を洗う時にやっと悲しさが溢れてきました。大切なのは魂との出会いだとは思っているけど、生きているその人の連れている体や声も自然に愛してしまうものですね。義父は最期は家で死にたいという希望で、もう病院には行かなかったので、とても痛い思いをしていたけど、望んでいる死に方ができて良かったと思います。

それで今回の日記のタイトルですが、亡くなった翌日に家族でお坊さんの所に行きました。バリでは亡くなった人が言い残したことがないか、お坊さんに伺う習慣があります。お坊さんにも色々種類があって、降霊のできるお坊さんがいます。霊と話す場合は、真意を確かめるために、生前に交流が無かったお坊さんを選びます。
私達がお坊さんに伺うと、お坊さんは義父の霊を体に入れて話し始めました。まず、義父の生前の特徴、足が痛いので、娘たちを呼んでマッサージするように促しました。義父はあまり余計なことを話さずに葬儀の指示が中心でした。家族は28日に燃やして、海に灰を流そうと思っていたのですが、義父は「まず焼いて、それから埋めろ、(儀式をしてから灰は処理しろという意味だと思う)、金が足らなかったら、とりあえず埋めろ!」といつもの強い調子で言いました。あとはほとんど心残りもないようで、ふざけて義母のオッパイを触ったのが可愛かったです。「コーヒー飲みますか?」と聞いたけど、もう充分だから大丈夫、と言って、そんなに長い時間話すこともなく、戻りました。

そこのお坊さんを信頼している人は多いようで、私達が行った時も沢山の人が来ていました。待っていたのが丁度家寺の前だったので、他の家族の話も聞けて凄く興味深かったです。
面白かったのが、私達の前に伺っていた家族の亡くなったおばあさん。お坊さんの体を借りて、話しまくります(コーヒーも飲みまくり)。
婆「ベッドの下にへそくり隠していたんだけど・・・」
家族「見つけました」
婆「それ私のだから使わないでねー!!」
家族「ギャハハハ〜(笑)」
とか、愉快なキャラクターで待っていたウチの家族も大笑いしていました。

バリ人は死んで生まれ変わる時は、また同じ家族の中に生まれ変わると信じています。私の次男は義父の厳しい父の生まれ変わりでした。まだヨチヨチ歩きの次男は義父がトイレに行く時に、必ず手をもって義父を案内して、義父をとても喜ばせました。
輪廻のなかで、こうして家族の関係性を修復していくのです。

私はここで死んだら、このバリ人の輪廻の中に入るのかな・・・日本の家族や友達も恋しいので、生まれ変わっても皆に会える世の中だといいな〜と願います。